【コラム】「不幸は連続する」なら「幸も連続する」〜目的論・認知論〜
2018.01.17
昨日の投稿でお伝えした嬉しいことですが,これに関連してもう一つお伝えしておきたいことがあります。
それは,嬉しいことが起きた時にそれを心底実感して,「自分は幸せなんだ」と思うようになると,
また嬉しいことが起きるということです。
「不幸は連続する」なら「幸も連続する」
「不幸は連続する」というような話を耳にしたことはないでしょうか?
人の意欲(やる気)やコーチングについて勉強する前までは「そんなことは気のせいだ,迷信だ」と思っていました。
ですが,「人は世の中の出来事をまるで色メガネ(フィルター)をかけて世界を見るかのように自分の解釈を交えて捉えている」という人の認識の仕方(認知論)を知ってからは,
気のせいや迷信でなく妥当性がある考え方だと思うようになりました。
そして,その反対の「幸も連続する」と考えられるようになりました。
「幸も連続する」の仕組みとは?
人はあることを意識していると,日常生活でそれに対応することが見つかりやすくなります(目的論)。
例えば,ある人が車のエクストレイルが欲しいと思ったとします。
その人は普段から雑誌やインターネットなどでエクストレイルの機能について読んだり写真を見たりします。そうしているときに,ふと道を歩いていると,今まで道ゆく車を漠然と眺めていたり気にもとていなかったりしたのに,エクストレイルが欲しいと思ってからは急に「あっ,いまの車はエクストレイルの新型だ」とか「あっ,自分が欲しいと思っている白のエクストレイルだ」といったように,ほかのたくさんの車は見過ごしているのにエクストレイルだけにはよく気づくようになります。
同じような例は,例えば折り畳み自転車が欲しいと思い始めたら街を歩いているときにママチャリにはあまり気に留めないのに,折り畳み自転車にだけはよく目がいくようになるといったこともあると思います。
これと同じことが幸不幸についても言うことができます。「自分は幸せだ」と思っている人はそれにつながる出来事が見つかりやすくなるし,「自分は不幸だ」と思っている人はそれにつながる出来事が見つかりやすくなります。
「幸も連続する」を勉強の場合でも言える
さらに,幸不幸だけではなく,勉強についても同じです。
「自分は勉強ができるなぁ」とか
「自分は少しずつだけど勉強ができてきたなぁ」
と思っている人は,さらにその認識を強める出来事が発見されやすくなります。
例えば,小テストで10点満点中6点だったという出来事があったとしましょう。その時に,「自分は少しずつだけど勉強ができてきているなぁ」と心が上向きになっている人はその6点という事実を「やっぱり,自分は少しずつできてきている。次は7点取れるといいなぁ」というふうに解釈しやすいはずです。
しかし,反対に
「自分はどうせ勉強ができない」
「自分は勉強が苦手だなぁ」
と心が下向きになっている人が同じく6点を取ったらとしたらその人は「やっぱり自分は勉強ができない。4点も落としている。満点じゃないと意味がないなぁ」というようにネガティブに解釈しやすいはずです。
どうせなら建設的な色メガネ(フィルター)を
人は,世の中の出来事をありのままに,客観的に捉えることができません。
必ずその人個人の主観という色メガネ(フィルター)がかかります。そして,ここで伝えたいことは,「何か物事をうまく進めたいと思っている時には,どうせフィルターがかかるならそのフィルターを物事がうまく進みやすい方のフィルターをかけていたほうがいいのではないですか?」ということです。
みなさんにはどちらのフィルターでも,そしてここにない別のフィルターでも持つことができます。このことを知らなかった人は,まず「人は色メガネ(フィルター)をかけて物事を見ている」ということから実感してみるといいと思います。